教室日記 >>>アルプスいちまんじゃく♪
2007/3/1

午前9時を過ぎると、なおみの携帯が鳴り出しました。 なおみの着メロは「アルプス一万尺」。

じゃじゃじゃじゃじゃーじゃじゃ♪

その音を聞くたびに心臓がぐりんと動きます。 きょうは都立高校一般受験の発表日、次々と受験生から報告の電話が入り始めました。 ユーサク、サキ、カオリと比較的セーフティな点数を取っていた子たちからの吉報を受けながら、マナが受けているS高校へ車を走らせます。

都立高校は出願後に一度だけ取り下げ→再提出という制度があります。マナの調子から考えると、取り下げの日にS高の受験をあきらめさせるのがボクの仕事だったかもしれません。でも電話の向こうで泣いているマナにとうとうボクはそれが言えませんでした。

S高はボクの家からいちばん近くにあるかつての名門校でボク自身も受験しました。ところが当時は学校群という制度があって、同じようなレベルの高校を集めたグループを受験するしくみでした。合格後にくじびきで高校が決まるという信じられない制度で、ボクは見事に外れて別の高校に進学したのです。その思い出話を生徒たちにした日、授業のあとでマナが「わたしどうしてもS高に合格したくなりました。」と言いにきたことがあります。

「ねえ、五分五分?」

S高に向かう渋滞の中でなおみがボクに聞きます。

「五分五分」

倍率2倍を超える中、マナの得点はきわめて微妙な点数でした。

「もう来年の運まで使ってお願いしますから、神さまマナを合格させてください。」

パーキングに車を停めているときに、またもアルプス一万尺がなって、なおみが出ました。

「え?マナ?もうついたの?」

どっきん!!予想外の渋滞でなんとマナの方が先に着いたのでした。神さまっ!!

「うそぉー!!やったー!!おめでとう!」

ボクは車を飛び降りて吠えながら走り始めましたが、途中で息が切れてしまい、ようやく掲示板の前に着くと、もうなおみとマナが抱き合って泣いていました。 あまりに長いその抱擁の間に少し落ち着いたので、ボクはマナに向かってウインクしながら小さくガッツポーズをしました。


やがてやはりボーダーラインにいたユウヤやサチブ、そしてナツからも合格のしらせが入り全員が合格してしまいました。

終わってみれば、中学受験も含めて全員が第一志望に合格するという一昨年に続く快挙でした。自慢になってしまいますが、これはボクたちの業界ではほとんど不可能な奇跡に近いことなのです。

今年ボクたちはどうしても勝ちたかった。

移転して5年目、マナらニューヨーク組を始めとする生え抜きの子たちが中心になった最初の入試でした。そして、タロー。子どもたちはずっとタローの成長を見守りかわいがってくれました。女の子たちはもちろん、男の子たちも休み時間にはタローをサッカーに入れて遊んでくれました。

「ウチの塾にはゴールデンがフツーに教室歩いてるしー♪」

と子どもたちも他の塾の子に自慢するものだから、タローはけっこう周辺で有名になっていました。もし、今年の入試結果がよくなかったら、タローを教室に連れて行くことができなくなっていたかもしれません。

生え抜きの子たちは本当にボクたちを信じて、みんなとてもまじめに勉強しました。ボクたちの実力だとは思いません。神さまはいるということがわかりました。

「あー!わたし、来年の運までかけて神さまにお願いしちゃった。来年はどうしよう。」
「再来年の分を前借りしようよ。」

経営ばかりか運まで自転車操業になってきました。


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